社会・政治 朝鮮半島からのボートピープル[編集] (2015-10-05)
戦前から戦後にかけ朝鮮半島からは多くの密航が行われ、密航組織や密航者の摘発が頻繁に行われた。1934年、朝鮮人の移入により治安や失業率が悪化したため、
朝鮮人の移入を阻止するために朝鮮、満洲の開発を行うとともに密航の取り締まりを強化するための
「朝鮮人移住対策ノ件」を閣議決定した。
1938年末には摘発された密航朝鮮人180人が強制送還されている[2]。
1939年1月には300人の密航朝鮮人が強制送還された[3]。
2月には密航朝鮮人128人が一網打尽に逮捕されている[4]。
3月には250余名の朝鮮人を強制送還している[5]。
このように余りに密航が多いため1939年春から日本内地への渡航の取り締まりを
緩和するようになったが、6月22日までに日本内地への渡航証明下付出願者は40,485人に上り、
漫然渡航者として19,110人が論旨され、2,000人の密航者が摘発されている[6]。
また、朝鮮人のなかには渡航証明書を偽造して売りさばき巨利を貪るものもいた[7]。
第二次世界大戦中にも密航者は増加し、警察による摘発も行われていた[8]。
こうした背景には当時、内地と朝鮮半島との賃金格差が大きかった事があげられる。
大戦後、
北朝鮮の共産化、
朝鮮戦争の混乱、
済州島四・三事件の弾圧は日本への難民/密航者を大量に生んだ[9]。
済州島四・三事件に続く麗水・順天事件の際にも日本への密航者が生み出された[10]。
済州島出自の朝鮮人は大阪市生野区を中心に9万人以上になる[11]。
マルハン韓昌祐会長[12]や
作家のキム・ギルホなどが密航で日本に入国した事を認めている[13]。
孫正義の父は一族をつれて1947年に南朝鮮から密航船で日本へ移住した[14]。
『朝日新聞』
1955年8月18日「65万人(警視庁公安三課調べ)の在日朝鮮人のうち密入国者が
10万人を超えているといわれ、東京入国管理局管内(1都8県)では、
この昨年中のべ1000人が密入出国で捕まった。
全国ではこのざっと10倍になり、捕まらないのはそのまた数倍に上るだろうという」また、
『朝日新聞』1959年6月16日「密入出国をしたまま登録をしていない朝鮮人が
かなりいると見られているが、警視庁は約20万人ともいわれ、
実際どのくらいいるかの見方はマチマチだ」
また、
『朝日新聞』1959年12月15日天声人語
「韓国から日本に逃亡してくる者は月平均五、六百人もある。
昭和二十一年から昨年末までに密入国でつかまった者が五万二千人、
未逮捕一万五千人で、密入国の実数はその数倍とみられる」
また、
『産経新聞』1950年6月28日には、
「終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、
在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる」という記事が掲載されている。
健康・医療 インフルエンザB型 (2015-10-04)
インフルエンザの集団感染で、学級や学年を閉鎖する学校が出始めた。
例年11月下旬ごろに流行し始め、翌年2月ごろにピークを迎えるが、
実は学校での集団感染は秋から起きており、専門家は注意を呼びかける。
「私の経験でここまで早い学級閉鎖はない」。
東京都調布市の柏野小学校の加藤正孝校長は驚く。
14日に2年生の1学級の9人が発熱やせきなどの症状を訴えて欠席。
このうち7人がインフルエンザB型と診断された。
他の5人にも同様の症状が現れたため、16日から2日間、学級閉鎖した。
松山市の私立の中高一貫校も4~13日、
4学年で学級閉鎖し、1学年は学年閉鎖した。長野県でも先月31日に小学校が学級閉鎖した。
社会・政治 「知っていた。上層部!」 (2015-10-03)
VWのリコール検討は、ドイツ有力誌シュピーゲル(電子版)が伝えた。
同誌によると、
VWは
「顧客の費用負担のないリコールを実施することになりそうだ」としており、
車種などの割り出し作業を急いでいる。
リコールの対象となる可能がある約1100万台は、VWが不正な措置を施したとされる台数と同じ。
最近の大量リコールでは、
米自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)が
乗用車の欠陥放置問題で14年に世界で3千万台超について実施すると公表した例がある。
違法ソフトをVWに納入したドイツ自動車部品大手ボッシュが07年時点で、
VWに対しソフトの違法性を文書で警告していたことも27日、分かった。
VWの技術者が11年に社内で規制逃れの違法性を提起したが、
問題は是正されなかったという。 ドイツ各紙が伝えた。
同社が早くから不正を認識しながら、規制を逃れたディーゼル車の開発や販売を続けてきた可能性が強まってきた。
上層部がどの程度把握していたかが今後の焦点となりそうだ。 (共同)
ソフト導入を決めたのはVW本社のエンジン開発部門。
米国での排ガス規制を正当にクリアする技術の開発は費用がかさむことから断念し、
ソフトを使うことにした。
この時のVW社長はベルント・ピシェッツリーダー氏。
今回の不正発覚で引責辞任し、
独検察から詐欺容疑で捜査を受けているウィンターコルン前社長の前任者にあたる。
残念!
社会・政治 泥 憲和さん (2015-10-02)
【難民】
朝鮮戦争のとき、数万人の難民が朝鮮半島や済州島から日本に入国した。
当時彼らは日本国籍を保有していたので、私は彼らを密入国者とみなさない。
国内の引っ越しと変わらないと思っている。
しかし日本政府は敗戦直後から勅令で彼らを外国人とみなしていた。
日本政府の立場に立てば、彼らは正式な入国手続きを経ないで上陸したことになる。
けれど日本は朝鮮半島の旧宗主国だから、その責任上、難民を受け入れるのが筋だった。
このとき日本政府がどうしたかといえば、難民を追い返さなかった。
しかし正式に受け入れることもしなかった。
不法な居住実態を黙認した(不法というのはあくまでも日本政府の視点にたってのことで、
私は不法とは思わない)。
その後、何年もたってから、日本政府は彼らのことを戦前から在住していた人々とみなし、
永住権を付与した。
これって旧宗主国としての一種の責任の取り方だったのかも知れない。
責任を明示しないであいまい、微温的にすます日本方式だ。
建前上は朝鮮半島が植民地だったことを認めず、賠償責任も拒否するが、
実質的には経済援助の形で賠償した。
あれと同じ性格の処理方法だ。
「朝鮮人は不法入国者の子孫」というネトウヨの難癖は、この処理の仕方に起因する。
難民としての法的身分をきちんと処理しないで、なあなあで入国を黙認する形にしたことにより、
今になって密入国呼ばわりされる余地を残してしまったのだ。
誰が戦前からの在住者なのか、誰が戦後の難民なのか、いまさらわからないから、
ネトウヨは朝鮮人全員が密入国者であるかにいう。
奴らは永住資格については「密入国者だから本来与えてはならなかったのだ」と法的建前論をいう。
一方で経済援助については「
あれは賠償だった、よって賠償問題は片が付いている」と法的建前論を捨てて実質論を語る。
いい加減なものだ。
ともあれそんな難癖を許す余地を残した日本政府の責任は大きい。
しかしながら、こうも思う。
法的に正しく受け入れるにも、当時の国民の理解を得られたかという所がちょっと疑問だなと。
日本国民が旧宗主国の本国人としての責任をどこまで理解していたか。
戦争難民を受け入れるといったら、無責任な排外主義的対応を示したかも知れない。
結局日本政府は、国民の反発を回避しつつ、
名を捨てて実を取る形で、暗黙の裡に事柄を処理したのだろう。
これは、旧宗主国として最低限の道義的責任を果たそうとして知恵をしぼったといえるのか、
ただの責任逃れなのか、評価に迷うところだ。
が、シリア難民に責任取らない旧宗主国フランスよりはましかもな。
社会・政治 「マツダ声明発表!」 (2015-10-01)
マツダ(7261.T)は29日、
「すべてのガソリンおよびディーゼルエンジンを各国の規制に厳格に適合させている」
との声明を発表、自社のホームページに掲載した。
独フォルクスワーゲン(VW)
(VOWG_p.DE)が欧米で排ガス規制を逃れていた問題で
不正なソフトウエアを搭載していたのがディーゼル車のため、
ディーゼル車の販売比率の高いマツダに対しても懸念が広がっており、
顧客などの不安を払しょくする狙い。
マツダはディーゼル車の開発や販売に力を入れており、
特に日本のディーゼル車市場ではけん引役となっている。
国内で販売した乗用車のうちディーゼル車が5割ほどを占め、
世界販売でも今年4―6月は全体の13%と、
2014年3月期の9%、
15年3月期の11%から徐々にその比率を高めている。
マツダは、VWの不正問題発覚後、
顧客や多くのステークホルダー(利害関係者)から「激励や質問が多く届いている」(同社広報)ため、
今回の声明を発表することにしたという。
同社は
「違法な不正ソフトウエア、
(排ガス浄化システムを無効にする機能の)ディフィートデバイスは一切使用していない」と声明で明言、法令順守の姿勢を強調した。
(白木真紀)